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知名度のある有名大学・難関大学・超一流大学の通信教育課程一覧

慶應大学通信の卒業率3%

学生

慶應大学に入学してから卒業まで、私は9年くらいかかり、卒業年度には嵐の櫻井翔さんがいらっしゃいました。私が在学中に桜井さんは高校に入学し、大学を卒業しています。せめてもの救いは桜井さんの後輩になるほど卒業が遅くならなかった事です。

大学名に憧れて文学部に入ったものの、レポート提出に追われ、その後には試験勉強に追われ、在学中には「卒業できるのかしら?」と、よく思ったものです。

大学のデータを慶應通信(新聞)で読んでびっくりしました。卒業率というのが出ていて、5年以内で卒業できるのは3%しかいないと書かれていたのです。私はその3%に入れなかったのですが、かなり遅れて卒業だけはできました。

私は試験の過去問を手に入れるために、「慶應通信文学会」という慶友会(サークルのように、勉強会などをする集まり)に入りました。慶友会の存在は大きく、みんなで励まし合いながら、また、どの先生がどういう傾向にあるのかなどの情報交換をしたり、かなり助かりました。大学で知り合った友達はみんな、何年も大学に在籍している人ばかりでした。

たまに凄い人がいるなと思えば、京都大学、横浜大学、上智大学など、名門大学をすでに卒業している人たちで、その人たちは趣味で通っていました。皆さんすでに大学で取得した資格か免許はあるので、純粋に勉強を楽しんでいました。

また、病弱な男の子もいて、勉強はできるのに、入院していて大学受験ができなかったらしく、入学してからすぐに教養課程の単位をほとんどクリアしていました。彼の話では「またいつ具合が悪くなるか分からないから、今のうちにやっておかないと心配」だと言っていました。彼は通学コース編入の条件に達していたので、途中で試験を受けて編入していきました。きっと、そんな人たちが3%の卒業率に入れるのでしょう。

それでも、私はこの大学で大きな出会いがあり、頑張る事ができました。それは、マルセル・プルーストという作家の「失われた時を求めて」という作品と、卒論でお世話になった牛場暁夫教授でした。プルースト作品は夢中になって読みました。

そして、勿論、卒論のテーマはプルースト。初回の卒論指導では、担当の牛場教授が入院していたため、当時助教授で芥川賞作家としても有名だった荻野アンナ先生が指導して下さいました。荻野先生は素敵な方で、卒論の進め方を丁寧に指導して下さいました。そして、「牛場教授はプルーストの権威」だと言われ、その一言でかなりプレッシャーを感じてしまいました。

私の想像する牛場教授は、すごく冷たくて厳しいイメージでしたが、半年後にお会いしてみるととても優しい教授で、素晴らしい卒論指導を受ける事ができました。結局、卒論には6年間かかったことになりますが、おかげで多くの事を学ぶことができました。卒論に6年かかったというと、卒論だけに6年もかかったように思われるかも知れませんが、卒論以前に学科の単位が取れなくて卒論提出ができなかったのです。

慶友会の情報のおかげで、単位が取れやすい科目は分かっていたので、取りやすい科目は全部取りました。ですが、最後の1年間がかなりきつく、私の苦手科目と単位が取りにくい科目しか残っていませんでした。慶應は好きな科目を選択できますが、最後の5単位がなかなか取れずに悩みました。

試験がOKでもレポートが再提出を繰り返したり、レポートはAだったのに試験がダメだったりと、途方に暮れてしまいました。そんな時に、牛場教授がフランスに行ってしまうと聞き、卒論の担当教授がかわると大変なので、私はとにかく必死でした。

事務局からは早く卒業するように言われましたが、きっと私の状況を知っての事なのか、3教科5単位の先生方は私に合格点を下さいました。卒論も通り、やっと卒業に至りました。つづき(慶應大学卒業して大卒の学歴は転職の際に役立ちました)

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