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知名度のある有名大学・難関大学・超一流大学の通信教育課程一覧

慶應大学通信卒業は転職の際に役立った

学生

すでに仕事をしていた私にとって、大学を卒業したからとすぐに何かが変わったわけではありません。ですが、ブランド品を身に纏うような気分で満足でした。

大卒の資格が活かされたのは、卒業後14年ほど経ってからです。世の中が不景気で、年々失業者が増加していく中、私の仕事も収入が減らされていくばかりで、私は長年続けてきた仕事を辞める事にしました。

ですが、その後に何をしたらいいのか決めかねていたら、子供たち相手の学習教室の仕事を見つけました。私は興味を持ち始め、説明を受けに行きました。とても楽しそうなお仕事でした。資格は短大以上卒で、採用試験はとても簡単なものでした。大卒のおかげで転職・再就職が決まりました。

「大学を出ていても仕事には関係ない」と思っていましたが、忘れた頃に必要になるものだと知りました。

⇒通信制大学を卒業後の就職について!はこちらのサイトに詳しく書かれています。

他にも、フランス語検定を受けていたおかげで、簡単な翻訳なども自宅でできるようになりました。慶友会やスクーリングで一緒だった人たちの中には、教員免許を取った人たちが多く、その中には学校で採用になった人たちもいますし、一応教員免許も取っておこうという人たちもいました。

法学部の人たちは司法試験に何度も挑戦し、ほとんどの人たちが何かしらの取得した資格か免許がありました。私の場合は、大学で勉強しただけの内容でフランス語検定を受験したので、それほど苦労はありませんでした。

ただ、学校の試験に物凄く苦労しましたが。スクーリングは時間の確保が大変でした。私は東京に住んでいるからいいですが、夏期スクーリングには全国各地から集まってきます。沖縄や北海道から来てホテルに泊まったり、大学が用意している宿泊施設に泊まる人たちもいました。

当時は犯罪が少なく、中には野宿している男性もいたようです。出席者は日本だけではなく、中国や韓国からも来ていました。それだけではなく、スクーリングに集中したいからと退社してまで参加する人たちが多く、必ず毎年何人か会いました。スクーリングだけの問題ではないのかも知れませんが、遠くから宿までとってスクーリングに通う方たちは、本当に大きな決断をして出席していたのでしょう。

私が入学した時にはどこの教室も黒板を使用していましたが、卒業するころにはホワイトボードになり、PCの画面を映し出せるようになっていました。今ではインターネットを導入して、自宅でもネットでスクーリングを受けられるようになっていますし、スクーリングの全教科とまではいきませんが、かなりスクーリングの時間・距離的負担は軽減されているようです。スクーリングで知り合った方の中には90代のお婆さんもいて、子供の頃には小学校も行けなくて勉強したかったのだと仰っていました。

残念ながら、牛場教授は高等部の校長先生を兼任している関係で、夏期スクーリングの講義をする事はありませんでした。どうしても牛場教授の講義を受けたいと思っていた私は、大学院の進学まで考えていました。

ですが、卒業後に牛場教授が夜間スクーリングを担当すると聞き、受講する事ができました。夏期スクーリングと夜間スクーリングは雰囲気が違い、夏期は部活動の声が教室に聞こえてきたり、午前の講義が終わると、みんなで学食やサロンに行ったりして、通常の通学生のように学生生活を楽しみました。また、最終日には慶友会で打ち上げをやったり、楽しみがいっぱいありました。ですが、夜間は外が静かで、終了時間は20時を過ぎているので、講義が終わったらみんなすぐに帰っていきました。

大学名に惹かれて慶應義塾大学を選ぶ人たちは多いですが、当時の卒業率が3%だったには、このスクーリングが最大の原因だったと思われます。仕事をしている人達にとって、スクーリングのための時間を確保したり、人によっては宿泊費や食事代が必要になります。中には群馬県から日吉まで通っている人もいたので、交通費が凄かったと思います。

時間・お金・場所の問題で卒業を諦める人が多くいました。ですが、今はインターネットの時代です。その当時よりも卒業率は高くなっている事でしょう。慶應大学の体験談(1)を読む

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